2026年6月7日(日)
於 アトリエほんまる
宇都宮の小劇場アトリエほんまる主催の一人芝居フェア。今年は土浦とも連携しての実施。3回目を迎え、北関東に埼玉も加わる本当に面白いフェアに成長してきている。
第一部
「さよなら箱守くん」
作・演出 新堀浩司
瀬尾佳羽奈(演劇修団たまてばこ 茨城)
舞台中央とその前に椅子ほどの大きさの箱が2つ。手前の箱にはさらに小さな白い箱が乗っている。売れないバンドのライブで出会った男女。しかしすでに男性の方から別れを告げていたらしい。おおらか(大雑把)な彼女と繊細(神経質)な彼氏。正反対の性格の2人。明るく別れて正解だったという女性。楽しかった思い出を語り続け、それでも残る思い。男性は重い病になりそのことを打ち明けず別れを告げたことが明らかに。葬式のあと女性は骨壷を納めた小さな白い箱に語り続けていた。不本意な別れであっても好きだった。語り終えて女性はひとり未来へと歩み始める。彼との思い出がたりが訴えてくるもの。そこから白い箱の正体が途中で推し量れた。彼への思い、後悔。それが切実に伝わってくる作品。
「すべからく」
作・演出須長亜依梨(原作 江戸川乱歩「芋虫」)
須長亜依梨(栃木)
江戸川乱歩「芋虫」より。戦場で手足を失い話もできずただギラギラした目で睨み、畳に頭を打ち付けることでしか意思を表せなくなった男。の妻の物語。光る黒い素材で出来た透ける布をヴェールのようにまとって行われる妖しくエモーショナルなパフォーマンスから舞台は始まる。布はまとめられ芋虫と化した夫と彼を介護し続ける妻の壮絶な日常が描かれていく。壮絶かつ明日の見えない惨めささえある毎日。外に出れば軍神の妻として敬いと憐れみの眼差しを受ける夫と自分しかいない孤独な日々。閉じ込められた心理空間の中で歪な共依存的存在になっていく。「私はあなたであなたは私」やがて夫は亡くなり喪失感の中妻の精神も崩壊していく。夫が苛立ちのまま頭を畳に打ち付ける音が効果的。どんどん妻が精神的に追い詰められていく様が描かれていた。この音は妻役の須長氏が足を踏み鳴らすことで出していた。ただ明らかに踏み鳴らしているのが見えるのが気になった。ドレスの裾を長くするか布を使うか何らかの形で見えないようにできるとさらに良かったと思う。
「右に行け」
作 大原尚峻
演出 萩野谷幸三
大原尚峻(茨城)
何かを食べているグレーの服を着た男。腹を抱える(腹痛?)右に行け、左に行くなという指示。ひたすら支持に従い右に行くと無限ループにはまる。しかしなんでだ?疑問が浮かび左に行くと壁にぶつかる。さらに強引に壁を突破すると・・・ネズミ捕り?実は男は実験動物のネズミ。食べたら洗脳できるAIチップを摂取させて一週間命令し続けた。しかし最後何故か自分で考え左に行ってしまう。なぜなのか思考する研究者。しかし彼もまた。最初のループは面白かった。最後の研究者(人間)の状況の皮肉。ただちょっと説明的すぎる気もした。後半はもっと簡潔にまとめる最初のテンポを維持したままどんでん返しに繋がったのではないか。パントマイムで状況を見せたのは良かった。勢いで本物の壁にぶつかったのはご愛嬌。芝居なのか違うのか思わず?が飛んだが。
「またたくあいだ」
作・演出 いしむらなお
五十嵐まさたか(劇団AKⅡ 栃木)
懐かしい青春のきらめきを感じさせる作品。そして青春とは夢と現実の間にあるひと時の輝きということを思い起こさせる作品でもあった。エプロンをつけ、右手にトングを持ったパン屋の従業員をしている青年。様々な客(中には過激なじーさんも)がやってくる。苦労しつつも仕事をこなす彼のもとにかつてともに演劇を目指した後輩から電話がかかってくる。近況とそして懐かしい日々を語り合う。この電話のシーンが非常にいい。生き生きと本当に当時を思い出しつつ話し合っている感じ。夢を持って無邪気に突き進んでいた昔と現実の中で戦っている今。誰もが心の中に持っているだろうあの頃の記憶を思い起こさせるような芝居だった。そして五十嵐氏といえば殺陣である。最後トング片手に件のじーさんと戦う様は本領発揮のサービスであった。
第二部
「よくある話」
作・演出 よくある話製作委員会
鮫島ひかる(茨城)
デパート女子トイレ大爆破。女子トイレに座ってほっと気がつけば目の前に「立ったら爆発するぞ」的張り紙。いたずらなら問題ないが本当だったら。ということで籠城状態へ。鮫島氏のトイレから立てなくなった女性のジタバタが実に面白い。追い詰められた挙句知り合い二人に二股告白。そうしたら件の二人が一緒にいてすぐバレたとか。とにかく笑えた。脚本の展開も鮫島氏の間合いもテンポもオチも流石。最高のコメディだった。
「ホームアローンウィズユー」
作・演出 強
強(おこわ)(栃木)
ローカル線の駅。学校に登校するために高校生がやってくる。諸事情によりこの駅で乗り換えのため待ち時間1時間。さてこの手持ち無沙汰な1時間。どうやって時間を潰そうか。と読書したり音楽を聞いたりだんだん発想が凄くなっていったりして。そのうちに味噌汁を通して駅員への淡い恋心。青春の一幕としての苦さも残る。これはもう高校生としての記憶が鮮やかな演者だからこそ描けた脚本であり芝居だろう。やや生硬さはあれどとても素直でほのぼのとした芝居だった。
「Scrap」
作・演出 ゴリリズム
ゴリリズム(演劇集団「風ノ街」茨城)
ひたすら臭ってきそうな芝居だった。小汚い(としかいいようのない)じじいがひとり。自分で自分の臭いを嗅いでは何度も臭さを実感。曰く芳醇な人生の香り。彼は何かを思ったりやってはいいことと悪いこと2つの袋に日記?を書いて突っ込んでいく。男はそれらの記録をスクラップしていく。人生とは結局情報(記憶)の集積。今どうであろうとも。躓いてかっ散らかる情報バラバラ事件。でもそれは死体ではなくバラバラなうちは生きている。無臭の情報そして臭いは男自身から。かなり吹っ飛んだ内容と滑稽さそれでも人生には芳醇な香り(どんな臭いであろうと)が残る。それは本人が生きているから。という深い味わいまで残る不思議な芝居だった。ただ舞台を何かでかっ散らかすとこういうフェアタイプのイベントだと次の演目の準備に影響が出る場合があるので注意は必要だとしみじみ思った(実は昔やろうとして思いとどまった経験あり)
「乱視」
作・演出 富井大遥
富井大遥(大遥図鑑 群馬)
楽器を持ったバンドマンらしい男がやってくる。レコードプレーヤーを準備してレコードをかける。やおら変装を解くと楽器の袋から出てきたのはライフルだった。仲間の女性やボスから電話がかかってくる。しかし女性とボスからの電話の内容が微妙にずれ始める。次第に男は追い詰められていく。「歪んでいるのは俺か世界か」混乱する男。しっかりした一本通った物語を感じさせる芝居だった。前の芝居のとっ散らかった状況から結構舞台装置の揃ったこの芝居への転換お疲れ様でした。演者の都合もあったとは思うがやはり順番は一考の必要があったように思う。
第三部
「朝日が沈む」
作 植田そうへい
演出 古河香
古河香(演劇集団volumeZERO)
明け方の崖っぷち(ひょっとしたら自殺の名所)爺さんが佇んでいる。そこに来たタバコ好きな赤いジャージジャケットをラフに着た女(ただし火がないので何度も吸おうとしては諦める)そこではじまる(一人でやっているけど)掛け合い漫才。爺さんの抱えている問題と生命と背景は実にシリアスなのにこの掛け合い漫才が最高にいい。人情の機微に溢れる脚本もいい。やがて女が爺さんの妻に頼まれた探偵だとわかる(実はそれだけではないが)見えてくる人生と家族の物語。本当にうまい役者さんだと思った。一人で掛け合い漫才をするというのは非常に難しいはずで。その上で奥深い物語を描ききっていた。
「芸人 宮本武蔵」
作 尾崎優人(優しい劇団)
演出 たこ丸
たこ丸(劇団ドラハ 栃木)
「侍タイムスリッパー」という幕末の侍が現代にタイムスリップしてやってくるという映画が話題になったがここでは何故か宮本武蔵が現代にタイムスリップしてやってくるという物語。さらにその宮本武蔵が何故かお笑い芸人になるという?が飛び交う展開に。演者が演じているのは宮本武蔵の弟子。というかお付き?ストーリーや内容よりとにかく演者の上演中ひたすら動き回り駆け回りしゃべくり回り叫びまくるというよくまあ体力が続くと感心させられる芝居が記憶に残った。武士である武蔵と現代の思考との軋轢。シュールで無茶苦茶な印象が強いが「人殺しの技術を笑う」というフレーズが観たあと刺さる作品だった。
「しゅうまつの月」
作 富井大遥
演出 藤束遊一
斎藤大学(演劇ユニット「きそう」埼玉)
地球最後の日、あなたは何をするか。という問いが時々話題になるがこれは後10分で月が地球に落ちてきて滅亡するという日の物語。主人公はとある普通の青年。何をするかとなってやったのはみさきちゃんへの告白。曲だけだった自作の歌の歌詞を完成させること。ひとしきり歌いきってやりたいことを達成した気分に浸りその時を待つ。が突如として終末が終わりただの週末の日常だけが残る状況に。なんとなく人間ってこんなものだろうなと妙に納得してしまう作品だった。しっかりと日常が描かれていたからこそ説得力が出ていたのだと思う。
「リスタートケア」
作・演出 TAKE
TAKE(劇団バッカス 栃木)
某病院にいた頃勤務していた医療関係者がそこの検査で重い病気が発覚し入院というような話があった。主人公はバリバリ仕事をこなすケアマネージャー。いろいろな人の相談を受け介護について語る日々。そのうちに自分の異常に気づいていく。物忘れ。いつもなら覚えているはずなのにいつもなら普通にできるはずなのに。大きくなる不安。診察を受け若年性の認知症とわかる。認めたくない。しかし。誰にも言えない悶々とした日々。それがとあるきっかけで人に話せたら楽になった。一人で頑張るのではなく周囲に理解してもらい周囲に手助けしてもらうことで再びケアマネの仕事を継続していく。それこそが本当の自立だと。物語の構成、表現、演技とも非常に完成度の高い作品だった。たった20分の中に見事に一人の人間の人生を描きこんでいた。さらに現代の課題としての介護や認知症。社会的テーマも伝わってきた。今回のフェアのトリにふさわしい芝居だった。
ともかく今回の「これ以上削れない3」1日あたり(20分✕4人)✕3部構成で2日間全公演いずれもが満席。しかも2日めは7割が通し券という大盛況だった。“北関東の小劇場“主催の一人芝居フェアとしてしっかりと定着してきたように思う。何より前2回の栃木、茨城、埼玉に加え今回群馬からの参加があったのも嬉しい。内容的にもどんどん充実してきている。
あとずっと観ていて使われる音楽のセンスの重要性を感じた。ひとり芝居の場合特に世界観の構築に非常に力強い味方になる。また今回、例えばかなり大きい音が出るとかテーマ的に精神的負担が大きくなりそうとか。演目における注意事項をQRコードを読み込むことで確認できるサポートがあってよかった。
新しい試みも加えつつ来年は更に良いフェアに成長していってほしいと期待している。
